69悠は子供を連れて戻ってきた
2011 / 04 / 27 ( Wed )
69悠は子供を連れて戻ってきた

東日本大地震(3/11)で亡くなられた方々のご冥福を祈り、被災にあわれた方々が1日

でも早く元気になられることを念ずる今日この頃。阿武隈山脈の西南に位置する実家も

大地震でがけが崩れ、その後の余震で崩壊が継続し、いまだ手付かずの状態である。

 大地震から一週間後(3/19-21:強烈な余震頻発中)、幸運にも帰省がかない、今般

2度目の帰省をした(4/25,26)。

先の帰省で、ムササビ悠が屋敷林からいなくなったことが分かった(前記事参照)。

余震も収まってきたので悠が戻って来てくれればと期待した。ここで生まれ、6年間も

守り続けた自分のホームレンジだ。無事でいるなら必ずや戻ってきてくれる筈だ。母屋

に入るなり真っ先に巣箱のビデオのスイッチをいれた。 

69悠と子供  巣箱B

 戻っていた。真ん中は額の盛り上がりから

 悠だ。左下は寿々(昨年3月生まれの悠の

 娘)。右は小さいから新しく生まれた仔だ。             

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 あの空前の大地震、М7級の頻発余震に耐えて、無事だった。しかも地震の間に出産

をした。昨年の娘寿々も一緒だ。

 あたらしく生まれた仔が2頭いるかどうか、重なりあっているのでよく見えない。悠と

寿々が宵の出巣で巣箱から出ていってから1頭であるとわかった。

 どこで出産したのか。先月の観察時には大地震と余震でこの屋敷林から悠も寿々もいな

くなっていたから、最も近い杉山であろうか。墓石のズレを修しついでに以前自然巣

(丸巣)があったところを探したが見つからなかった。屋敷林の巣箱で巣材に先月から

変化があったのは巣箱Aだけである。但し、巣材がよく噛み砕かれておらず、出産に使っ

たとは思えない。

 出産は何時だったのであろうか。子供の大きさから推定するしかないと思い、子供の

丸まったところや、伸びきったところ、尻尾の太さが見えるところをなどを録画した(

これまでの仔で、巣箱Bにいて出産日が分かっているものと録画比較する)。ところが、

69幼子開眼①69幼子開眼②  />

26日10時24分、子供の目がうっすらと半開きし、続いて、はっきりと開眼が確認

された。それまで、大きさ把握のためおよそ20時間も見ていて開眼が確認できなかった

から、26日が開眼日と特定された。開眼日は出産から36日目(注)であるから、逆算

して、3月21日が出産日である。

 この日は先月の観察中日であり、悠はこの屋敷林にはいなかった。出産は上記の杉山

でされたのであろう。距離にして400mほど離れているであろうか。何時屋敷林に

連れて来たかは知るよしもないが、これまでの咥え運びの記録によれば、幼児は

いやがり、暴れる。見ていていまにも落ちそうになる。400mを咥えて運ぶのは

大変な苦労であったであろう。ムササビは通常2頭生むので、1頭は運搬途中で落と

してしまったとも考えられる。

 寿々(昨年3月生まれ)は、宵の出巣も、朝の帰巣も通常通りの時間であった。ただ、

違っていたのは、巣箱の外への警戒であった。昼も頻繁に巣箱から顔を出し、朝の帰巣

では悠に代わって、明るくなるまで外を警戒し続けた。この間悠は幼児の世話をし、安心

して熟睡していた。



 
 大地震を回避し、悠が無事この屋敷林に帰ってきてくれたこと、山で出産をしたこと、

遠いところから幼児を連れてきたこと、娘寿々はこれまで母親悠にベッタリな娘であった

が、常に一緒にいて、悠の助けになっていることなど、おとなしい植物食のムササビが

天災を回避し一生懸命生き抜いていることを知らされた。



   注:浜田宗治 2000. ムササビ、「小鳥と小動物の森」のたより。
      2000年 4月号



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10:14:25 | ムササビ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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